ベトナムが海外不法残留の罰則を強化|日本の「出国命令制度」との関係
この記事のポイント

・ベトナムの新政令は2026年9月10日に施行される
・最大1億ドンの罰金は、すべてのベトナム人不法残留者に一律に科されるものではない
・日本の出国命令制度も、自主出頭すれば必ず利用できるわけではない
ベトナム人不法残留者の出頭が増えているとの報道

2026年8月21日、テレビ朝日は、ベトナム政府が海外で不法に残留する労働者への罰則を強化することを受け、日本の入管へ自主的に出頭するベトナム人が増えていると報じました。
報道では、入管庁が「詳細な数は分からない」としつつ、現場の感覚として出頭者が増えていると説明したとされています。
ここは少し慎重に読む必要があります。
現時点では、出頭者数の具体的な統計が公表されたわけではありません。
「急増している」と数字で確認できる段階ではなく、あくまで現場で見られる動きとして報じられたものです。
一方、出入国在留管理庁の統計では、2026年1月1日現在の不法残留者は6万8,488人です。
前年から6,375人、率にして8.5%減少しています。
国籍・地域別ではベトナムが1万1,601人で最も多いものの、前年から2,695人減少しました。
つまり、ベトナム人の不法残留が増え続けているという理解も、最新統計とは一致しません。
ベトナムの新政令は誰を対象としているのか

ベトナム政府は2026年7月15日、労働、社会保険、契約に基づき海外で働くベトナム人労働者に関する行政罰を定める政令第283号を公布しました。
施行日は2026年9月10日です。
同政令第53条第2項では、雇用契約または職業訓練契約が終了した後、脅迫や強制によるものではなく、自らの意思で違法に海外へ残留した労働者について、8,000万ドンから1億ドンの罰金を定めています。
日本円では為替により変動しますが、報道では約48万円から60万円と紹介されました。
重要なのは、この条文が「海外で不法滞在しているすべてのベトナム国民」を対象とした書き方ではないことです。
条文上は、契約に基づいて海外で働いていた労働者が、契約終了後に違法に残留した場合を対象としています。
また、脅迫や強制の有無、刑事責任を問われる事案かどうかも区別されています。
短期滞在で入国した人、留学生、家族関係の在留資格を有していた人などに同じ規定が適用されるのかは、この条文だけでは断定できません。
個別の適用については、ベトナム当局またはベトナム法の専門家への確認が必要です。
ニュースの見出しだけから「日本でオーバーステイしているベトナム人は全員、帰国すると60万円の罰金を科される」と理解するのは正確ではありません。
自主出頭すれば「出国命令」になるとは限らない

日本には、一定の不法残留者について、収容をしないまま簡易な手続で出国させる「出国命令制度」があります。
出国命令の対象となるためには、速やかに出国する意思をもって自ら入管へ出頭することに加え、おおむね次の条件を満たす必要があります。
・不法残留以外の重大な退去強制事由がない
・一定の犯罪により拘禁刑に処せられていない
・過去に退去強制または出国命令によって出国していない
・速やかに出国することが確実と見込まれる
したがって、窓口へ行けば誰でも出国命令を受けられるわけではありません
犯罪歴、過去の退去歴、不法就労以外の違反、旅券や帰国便の確保などを含め、個別に確認されます。
出国命令によって出国した場合、原則として日本への上陸拒否期間は出国日から1年間です。
通常の退去強制によって出国した場合は、原則5年間、再度の退去強制など一定の場合は10年間となるため、両者には大きな違いがあります。
ただし、上陸拒否期間が終われば必ず日本へ戻れるという意味ではありません。
その後の査証申請や上陸審査では、過去の不法残留歴を含めて審査されます。
「出頭したから適法になった」という誤解

実務上、特に注意したいのが、「入管へ出頭したので、出国日までは働いてよい」という誤解です。
自主出頭しても、その時点で不法残留の状態が解消されるわけではありません。
出国命令手続が始まったことだけを理由に、就労資格が与えられることもありません。
企業が不法残留の事実を把握しながら雇用を続ければ、不法就労助長罪が問題となる可能性があります。
出頭後の生活費や帰国費用に困っている場合でも、企業の判断だけで就労を継続させることはできません。
本人に日本人の配偶者や子どもがいる場合、病気などの人道上の事情がある場合には、在留特別許可を求めるか、出国命令による帰国を選ぶかで、その後の手続が大きく変わります。
帰国を急ぐあまり、家族関係や将来の再入国可能性を整理しないまま出頭することが、必ずしも本人にとって適切とは限りません。
罰則だけでは失踪や不法残留はなくならない

今回の新政令には、不法残留を抑止し、適法に海外で働くベトナム人労働者の信用を守るという側面があります。
一方で、失踪や不法残留の背景には、高額な送出費用、借金、説明された労働条件と実態の違い、相談先の不足、転職できないと思い込んでいることなど、複数の事情があります。
罰則を強くすれば、早期帰国を促す効果はあるでしょう。
しかし、困った人が行政機関や支援者へ相談することをためらい、さらに地下へ潜ってしまう可能性も否定できません。
行政書士として現場を見ていると、在留期限が切れた後に初めて相談するのでは遅いと感じる場面があります。仕事を辞めたい、実習先を離れたい、更新できるか分からない。
その段階で相談につながれば、適法な転籍や在留資格変更、帰国準備を検討できる場合があります。
不法残留は許されません。
ただ、その人がなぜそこまで追い込まれたのかを見なければ、同じ問題は繰り返されます。
外国人本人の在留期限、離職後の手続、帰国または在留継続の判断に迷う場合は、不法残留となる前に専門家へ相談することをおすすめします。
既に在留期限を経過している場合は、出国命令や在留特別許可の選択を含め、個別事情に応じた慎重な確認が必要です。
4.記事末尾の整理
【結論】
ベトナムの新政令により、契約終了後に自らの意思で海外へ違法に残留した一定の労働者には、8,000万ドンから1億ドンの罰金が科される可能性があります。
ただし、すべてのベトナム人不法残留者へ一律に適用されると断定することはできません。日本の出国命令制度についても、自主出頭だけで当然に利用できる制度ではなく、犯罪歴や過去の退去歴などの確認が必要です。
【根拠】
・ベトナム政令第283号第53条第2項は、契約終了後に違法に残留した一定の労働者への罰金を規定しています。
・日本の入管法第24条の3は、出国命令対象者の要件を定めています。
・出入国在留管理庁は、出国命令による上陸拒否期間を原則1年、退去強制による場合を原則5年と案内しています。
・2026年1月1日現在、日本の不法残留者は6万8,488人、うちベトナム人は1万1,601人です。
【注意点・例外】
・ベトナム新政令の具体的な適用は、契約形態、契約終了の経緯、脅迫・強制の有無などにより異なります。
・入管へ自主出頭しても、不法残留の状態や就労資格が直ちに回復するわけではありません。
・日本に配偶者や子どもがいる場合などは、帰国と在留特別許可のどちらを検討するかで判断が分かれます。
・上陸拒否期間の経過後も、再入国や在留資格の許可が保証されるものではありません。
・個別事情により判断が分かれるため、専門家への確認が必要です。
【出典】
一次情報
・ベトナム政府法令データベース「政令第283/2026/NĐ-CP」
・ベトナム政府電子新聞「労働・社会保険分野における新たな行政罰」
参考情報
・テレビ朝日「ベトナムが海外不法滞在の罰則強化へ」2026年8月21日
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