育成就労制度は「外国人材を受け入れる制度」ではなく、企業が選ばれる制度になる
技能実習制度に代わる新しい制度として、育成就労制度の導入が予定されています。
この制度改正について、単に「技能実習の名前が変わる」と受け止めてしまうと、実務上かなり危険です。制度の見た目以上に大きいのは、外国人材と企業の関係性が変わることです。
これまでの技能実習制度では、転籍が原則として制限されていました。もちろん、やむを得ない事情がある場合の転籍は制度上存在していましたが、現場感覚としては、実習生本人が自由に職場を変えることは容易ではありませんでした。
その結果、職場環境に不満があっても、すぐには辞められない。相談先が分からない。借金もある。家族にも仕送りしなければならない。そうした事情が重なり、失踪という形で問題が表に出ることもありました。
育成就労制度では、こうした構造を見直し、一定の要件を満たす場合には本人の意向による転籍も認められる方向で制度設計が進められています。つまり、外国人材は「辞められない人」ではなく、「職場を選ぶ労働者」として位置付けられていくことになります。
ここが、企業にとって最も大きな変化です。
「人材を囲い込む」発想は通用しにくくなる

外国人材を雇用する企業の中には、これまで無意識のうちに「一度受け入れれば、数年間は働いてくれる」という前提で採用計画を立てていたところもあったと思います。
しかし、育成就労制度では、その前提が揺らぎます。
もちろん、企業側にも人材育成のコストがあります。日本語教育、生活支援、住居の手配、現場での教育、安全衛生管理。受け入れには相応の負担があります。そのため、制度上も転籍については一定の要件や調整の仕組みが設けられる予定です。
ただし、実務上の流れとしては明確です。
労働環境が悪い企業、相談しても改善されない企業、生活支援を本人任せにする企業からは、人材が離れやすくなります。一方で、安心して働ける会社、将来のキャリアが見える会社、生活面まで一定の配慮がある会社には、人材が集まりやすくなります。
これは外国人材だけの話ではありません。日本人の若手人材でも、同じことが起きています。給与、休暇、人間関係、成長機会、心理的安全性。人材が企業を選ぶ時代は、すでに始まっています。育成就労制度は、その流れを外国人雇用の分野でもはっきり見える形にする制度だと感じます。
育成就労制度で企業に求められる最低ライン

育成就労制度の目的は、人手不足分野における人材確保と人材育成です。基本的には、3年間の育成期間を通じて、特定技能1号の水準の人材に育成することが想定されています。
そのため、企業には単なる労働力確保ではなく、「育成する責任」が求められます。
労働関係法令の遵守は当然の前提
まず、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法などの遵守は当然です。
最低賃金を下回る賃金、残業代の未払い、長時間労働、危険作業の放置、ハラスメントの放置。こうした問題は、外国人材だから多少大目に見られるというものではありません。
むしろ、外国人材の場合、日本語能力や制度理解の差があるため、不適切な雇用管理が表面化しにくいことがあります。本人が不満を言わないから問題がない、という見方は危険です。
現場でよくあるのは、「本人は納得していると思っていた」という説明です。しかし、在留資格、生活、借金、家族への仕送りなどを抱えている外国人材は、本音を言いにくいことがあります。
行政書士として相談を受けていると、雇用契約書や説明書類は整っていても、本人が内容を十分理解していないケースは少なくありません。
転籍相談や苦情申出への対応も重要になる
育成就労制度では、転籍や苦情相談の仕組みも重要になります。
企業としては、転籍の相談をされた時点で「裏切られた」と受け止めるのではなく、なぜ転籍を考えるに至ったのかを把握する必要があります。
給与なのか、仕事内容なのか、人間関係なのか、生活面の不安なのか。原因を見ないまま引き止めだけをしても、定着にはつながりません。
相談窓口を設けるだけでは不十分です。本人が本当に相談できる状態にあるか。母国語ややさしい日本語で説明できているか。相談したことで不利益を受けないと本人が理解しているか。ここまで含めて、実効性のある体制を考える必要があります。
採用前の費用負担と送出機関の確認も避けて通れない

育成就労制度で特に重要になるのが、来日前の費用負担です。
技能実習制度では、実習生が母国で高額な手数料を支払い、借金を抱えて来日する問題が長く指摘されてきました。借金が大きければ、本人は職場環境に問題があっても辞めにくくなります。結果として、債務労働に近い状態が生じ、人権侵害の温床になりかねません。
育成就労制度では、外国人本人が送出機関に支払う費用について、一定の上限を設ける方向が示されています。
入管庁のQ&Aでも、送出機関が外国人から徴収できる費用の上限について、月給の2か月分までとする考え方が示されています。上限を超える費用については、育成就労実施者または監理支援機関が負担する整理です。
これは、企業にとって「採用した後だけ見ればよい」という時代ではなくなることを意味します。
誰が募集したのか。送出機関はいくら徴収しているのか。本人はいくら借金しているのか。契約内容は本人が理解しているのか。こうした採用前のプロセスまで確認することが、企業のリスク管理になります。
「現地のことは分からない」「監理支援機関に任せている」だけでは済みにくくなります。もちろん、企業がすべてを直接確認するのは難しい面もあります。
だからこそ、信頼できる監理支援機関、送出機関、紹介ルートを選ぶことが重要になります。
生活支援を軽く見る企業は定着で苦戦する

外国人材は、会社で働くだけの存在ではありません。日本で生活する人です。
住居、ゴミ出し、病院、銀行口座、携帯電話、役所手続き、地域との関係、日本語学習。こうした生活面の不安が積み重なると、職場で問題がなくても定着は難しくなります。
現場では、「仕事はまじめにしているのに、休日や生活面でトラブルが増えている」という相談もあります。よく聞いてみると、本人が地域のルールを知らなかったり、病院の受診方法が分からなかったり、日本語で困りごとを説明できなかったりします。
企業にとっては、生活支援は本業ではないかもしれません。しかし、外国人材の受け入れでは、生活の不安はそのまま就労の不安につながります。
すべてを自社で抱える必要はありません。
地域の日本語教室、自治体の相談窓口、登録支援機関、監理支援機関、住居支援サービス、医療通訳サービスなど、外部資源を組み合わせることが現実的です。
大切なのは、「採用したら後は本人任せ」にしないことです。
企業が今から見直すべきこと

育成就労制度の施行まで、時間があるようで実務上はそれほど余裕がありません。特に現在、技能実習生を受け入れている企業や、今後特定技能への移行を見据えている企業は、早めに体制を確認した方がよいです。
まず見直すべきなのは、雇用条件です。賃金、労働時間、休日、残業代、安全衛生、ハラスメント対応。これは制度以前の問題です。
次に、教育計画です。育成就労は「育成」を含む制度ですから、現場任せのOJTだけでは不十分になる可能性があります。誰が、何を、どの段階で教えるのか。日本語学習をどう支援するのか。特定技能1号への移行をどう見据えるのか。ここを整理する必要があります。
さらに、生活支援と相談体制です。
入社時の説明、定期面談、母国語対応、緊急時連絡、住居トラブル対応、地域との接点。こうした仕組みは、一度作って終わりではなく、実際に機能しているかを確認し続ける必要があります。
そして、採用ルートの透明性です。送出機関、紹介者、費用負担、本人の借金状況。ここを曖昧にしたまま受け入れると、後から大きなトラブルになる可能性があります。
「日本で働きたい」は、もう当然ではない

最後に、企業の方に一番伝えたいのは、「外国人材は日本に来たいはずだ」という前提を置かない方がよい、ということです。
アジア各国でも人材獲得競争は進んでいます。韓国、台湾、その他の国々も外国人材の受け入れを進めています。円安、物価上昇、日本語習得の負担、生活コストを考えれば、外国人材にとって日本が常に第一候補とは限りません。
その中で、「この会社なら安心して働ける」「ここなら成長できる」「困った時に相談できる」と思ってもらえるかどうか。
育成就労制度は、企業にその問いを投げかけている制度です。
外国人材を受け入れる企業に求められるのは、特別に立派なことをすることではありません。約束した賃金を支払う。安全に働ける環境を整える。分かる言葉で説明する。困った時に相談できる。生活者として尊重する。
言葉にすると当たり前です。しかし、この当たり前を丁寧に積み重ねられる企業が、これからの外国人材雇用では強くなります。
4. 記事末尾の整理
【結論】
育成就労制度は、技能実習制度の単なる名称変更ではありません。外国人材を「囲い込む」発想から、外国人材に「選ばれる」企業へ転換できるかが問われる制度です。雇用管理、育成計画、生活支援、採用ルートの透明性を今から見直すことが重要です。
【根拠】
制度上、育成就労制度は、現行の技能実習制度を発展的に解消し、人材確保と人材育成を目的とする制度として創設されます。基本的には3年間の育成期間で特定技能1号水準の人材を育成することが想定されています。
また、本人意向による転籍、送出費用の透明化、監理団体から監理支援機関への移行、受入れ機関の育成・支援体制の適正化、日本語能力向上などが制度上の重要論点とされています。
【注意点・例外】
育成就労制度の詳細な運用は、今後の省令、告示、運用要領、分野別基準によって具体化される部分があります。特に、転籍要件、対象分野、受入れ人数枠、監理支援機関の許可要件、費用負担の詳細は、最新の一次情報を確認する必要があります。
また、個別企業において必要な対応は、業種、受入れ人数、現在の技能実習・特定技能の受入れ状況、監理団体・登録支援機関との契約内容によって変わります。個別事情により判断が分かれるため、専門家への確認が必要です。
【出典】
一次情報
出入国在留管理庁「育成就労制度Q&A」
出入国在留管理庁「令和6年入管法等改正法について」
厚生労働省・関係省庁資料「育成就労制度の概要」
出入国在留管理庁「技能実習生の支払い費用に関する実態調査」
内閣官房「外国人の受入れ・共生のための総合的対応策」関連資料
参考情報
JBpress「もう外国人材は囲い込めない、育成就労制度スタートで明らかになる『選ばれる企業』と『見限られる企業』の差」
【確実性:高】
制度の大枠は入管庁・厚労省等の一次情報に基づいており、方向性は明確です。ただし、施行時点の詳細運用は今後の省令・告示・運用要領で具体化されるため、細部は継続確認が必要です。
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